■はじめに
生き物についての様々な現象は,生き物のもととなるタンパク質や核酸(かくさん)といった物質や,顕微鏡(けんびきょう)が無いと観察できないような小さな細胞(さいぼう)などのはたらきから,一羽のクジャクや一本のブナの木のような個体(こたい)の振る舞い・暮らしぶり,あるいは無数のバッタの群れや多くの種類のサンゴがまじったサンゴ礁の成り立ちなど,さまざまな面から考えることができます。
「エコロジー(=生態学)」は,それらのなかで主に「個体」と,同じ種類の個体の集まりである「個体群(こたいぐん)」,ある地域での様々な種類の個体群の集合である「群集(ぐんしゅう)」,そして群集とそれを取り巻く環境(温度や湿度など)からなる「生態系(せいたいけい =エコシステム)」についての理解を深めようとする学問です。
市民講座の第1回では,岩手の生き物たちの暮らしぶりを紹介し,岩手の自然の特徴を考えます(文責:松政)。
■北東北の渚と河口の生き物たち
松政 正俊 ( まつまさ まさとし )[岩手医科大学共通教育センター 生物]

三陸の秋サンマは油がのって大変おいしいものです。親潮(千島海流)の影響の強い北の海は、サンマが栄養を蓄えるところなのです。寒流である親潮は、魚だけではなく沿岸や河口にすむ貝類や甲殻類などの動物や、海藻・海草にも強い影響を与えています。また、三陸のリアス式海岸は様々な形の湾から成り、それぞれの湾内には岩礁、藻場、干潟や河口など、多様な環境が見られます。
本講演では、岩手県沿岸を中心に、北東北の渚と河口の生き物の特徴を紹介します。
(写真: 三陸海岸)
■岩手の森の木の話
柴田 銃江 ( しばた みつえ )[森林総合研究所東北支所]

北東北には、北上山地と奥羽山脈という大きな2つの山地帯があります。両者は、その形成過程や気候、人間活動の歴史が大きく異なるため、岩手では様々な森林景観をみることができます。
この講演では、それぞれの山地帯を代表する樹木たち、特にミズナラとブナの生き方をとおして、地形・気候、人、森林の成り立ちとの間に、どのような関係があるのかをみていきます。
(写真: ミズナラ)
■放牧で維持する草原のチョウ: 北上山地安家森
吉田 信代 ( よしだ のぶよ )[東北農業研究センター]

北上山地の山頂付近はなだらかな準平原が広がっており、昔から牛馬の放牧地や採草地として利用されてきました。しかし、近年、草原の面積は減少し、草原性のチョウも減少したと言われています。安家森には、かつて7年間放牧を休止した後、草原の景観を保全するため、2000年から放牧を再開したところがあります。
ここでは放牧が草原性のチョウの生活にどのように関わっているかを、絶滅が危惧されているチャマダラセセリを中心にお話しします。
(写真: チャマダラセセリ)
田んぼで守る北限のメダカ
東 淳樹 ( あずま あつき )[岩手大学農学部]

メダカは本州以南に分布する水田地帯を代表するもっとも小さな淡水魚です。近年の水田整備などの影響で、全国的に生息地が少なくなり、1999年に絶滅危惧種に指定されました。
DNAを用いた遺伝子解析では、日本には大きく3つのグループ、すなわち地域間の遺伝的差異(地理的変異)があることがわかっています。その1つ、南日本グループの北限地にあたる岩手県で、本種の生息を可能とした水田整備の方法とそこでの生態について紹介します。
(写真: サシバ)