これは,しがない生物の先生らしき人が,ある日ふと思った素朴な疑問をボヤいたものである.声を大にして社会や学会に問題提起しようというものでは決してない.何だろう?と思わず「せんせいどうしよう」をクリックしちゃった方スミマセン.
2017年,日本遺伝学会を中心に遺伝学用語の見直しが提案され,例として,「優性/劣性」について,それぞれ「顕性/潜性」と変更する旨の報道された.医療系大学の「生物の先生」として初年次の学生対象の遺伝の講義の際に,「『優性』・『劣性』という語は,『良い(好ましい)性質』・『悪い(異常や病気をもたらす)性質』と誤解されかねないので,あまり適切じゃないねぇ」などと偉そうにコメントをしていた経緯から,「優性」を「顕性」に,「劣性」を「潜性」に変更しようという提言に,賛成!と感心しきり・・・だったのだが,
せんせいどうしよう
「けんせい」/「せんせい」は「け」と「せ」の1文字しか違わない.そのうえ,「け(ke)」と「せ(se)」は,どちらも母音が「え(e)」なので,聞き間違いはもちろんのこと,言い間違いの可能性も高く,結構困る(混乱を招く)場面が増えそうな気もする.
「先生!先生!潜性でした」
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「これは,『*ん性』,いや,『*ん性』,・・・あ,いや『*ん性』,じゃなくて,『*ん性』!」
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「お母『さん』が『*ん性』で,お父『さん』が『*ん性』ですから,生まれてくるお子『さん』は『*ん性』の可能性が高いですね」
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「『顕性』も『潜性』も『伴性』遺伝も『ぜんぜん』わかりま『せん』!『先生』の『せい』です!」
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「スミマ『セン』,『反省』します」
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もはや,大喜利のネタ状態である.しかし,この「けんせい」・「せんせい」問題は私が初めて気づいたわけでなく,既に遺伝学会内でも指摘があったとのことである(日本遺伝学会監修・編(2017)遺伝単.遺伝学用語集.対訳付き).顕性/潜性を採用した理由は「遺伝単」のなかで,
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形質の発現強度を適切かつ端的に表現していること
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顕性/潜性は新造語ではないこと
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他の候補のなかで,顕性/潜性より適切と思われるものが無かったこと
など,その経緯を挙げ,説明されている.しかし,特に,医療現場(臨床)において,『優劣問題』(語の印象から生じる誤解)も『顕潜問題』(音の紛らわしさから生じる誤解)も,「どちらの欠点がより大きな問題なので,そちらよりはマシな方を採用する」という「究極の選択」(この語を「懐かしい」と思うのはおそらく同世代)的なものではなく,スッキリ解消したほうがよいのは間違いない.かといって,私に「言い(聞き)間違いがなく,かつ意味的にも誤解を生じない dominant / recessiveの訳」を提示するような知恵もない.うむむ・・・当面は,優劣と顕潜の併記とともに,遺伝の講義をする先生も遺伝カウンセリングに関わる医療スタッフもアナウンサーやラジオのパーソナリティ並みの滑舌を身につける必要があるかもしれない.
ライオニゼーションの影響を受けるX染色体上の遺伝子の顕潜って?
私は現在,40歳代半ば(四捨五入すると50歳になる)のおっさんだが,高等学校の生物の授業で,ヒトの伴性遺伝の例として,赤緑色覚異常と血友病を学習した.その際,
- 血友病の原因遺伝子はX染色体上にあって,正常遺伝子(X)が優性で血友病を発症する遺伝子(X')は劣性(注:当時のままの表現)である
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したがって,男性はX'Yとなったときに血友病を発症し,女性は劣性ホモ接合体(X'X')のときのみ発症する
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血友病の原因遺伝子がヘテロ接合体の女性(XX')は保因者とよばれ,正常遺伝子が優性だから,保因者は血友病にはならない
と,教わった(と記憶している).
その後,大学へと進学し,哺乳類雌X染色体の不活性化(lyonization ライオニゼーション)について講義を受けたのは,学部学生だった20歳代前半と記憶している.ライオニゼーションの概略は,
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哺乳類の性決定機構は一般的に雄ヘテロのXY型である
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哺乳類雄のY染色体はSRY以外に重要な遺伝子が少ないため,雌はX染色体1本分遺伝子の量が多くなる.
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雌は2本あるX染色体のいずれか一方をランダムに(染色体単位で)不活性化することにより,雄と遺伝子量をほぼ均等にする(遺伝子量補償)
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雄由来・雌由来のX染色体のいずれが不活性化されるかは発生の早い時期(8細胞期くらい?)にランダムに決まるが,細胞分裂を繰り返しても,雄由来・雌由来どちらのX染色体が不活性化されたかという情報は受け継がれていく(=一度不活性化されたら変わらない)
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不活性化したX染色体はBarr小体として顕微鏡観察か可能である
という説明であった(と記憶している).ライオニゼーションを解り易く説明する例として,ミケネコ(三毛猫)の体毛色をとりあげて説明された.当時,アホだった(今もでしょ?というツッコミは無視)私は「へぇ~,そ~なんだぁ.スゲェなぁ」くらいにしか思っていなかったのだが,数時間後にはアホなりに以下のような疑問が生じたのである.
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X染色体の不活性化がランダムならば,保因者(XX')女性が血友病を発症することもあるのでは?
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正常(X)が顕性(優性)で血友病遺伝子(X')が潜性(劣性)という説明は正しいのか?
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ミケネコの体毛色について,褐色(オレンジ)が顕性(O),黒色が潜性(o)と説明されていることが多いのだが,両方発現しているのだから,顕性/潜性は判断できないのではないのか?
実際に保因者女性の中に「症候性保因者」という方の存在が知られるようになり,1つ目の疑問は解消されたといえる.しかも,
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症候性保因者は軽症から重症まで症状が異なる→『雌は2本あるX染色体のいずれか一方をランダムに(染色体単位で)不活性化する』
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成長に伴って症状が軽快したり増悪したりするという報告は(今のところ)見つけられない→『細胞分裂を繰り返しても,雄由来・雌由来どちらのX染色体が不活性化されたかという情報は受け継がれていく(=一度不活性化されたら変わらない)』
それぞれの事象がライオニゼーションの特徴とよく合致していると思う.ミケネコについても,「クローンミケネコはドナーとなったミケネコと同じ斑模様・色にはならなかったことから,Xの不活性化は偶然によって決まっていると考えられるよね」とか,「毛が生え変わるたびに褐色と黒の比率が変わって,全く別のミケネコに見えるようにはならないでしょ?だから不活性化されたX染色体の情報は体細胞分裂後も引き継がれていると考えられるよね」という説明で学生を納得させている(ダマしている?).
しかし,X染色体上の遺伝子の顕潜(優劣)に関する疑問について,自分の中で理解が追い付かず,困り果てた私は,X染色体上の遺伝子の顕潜(優劣)を棚上げにして,「不活性化されなかった方のX染色体上の遺伝子が発現している結果だ」という説明を学生にして,お茶を濁しているのである.しかし,これでホントによいのであろうか?どなたかアホな私に解り易く教授していただけると幸いです.(おしまい)